桜の下でお別れ
6時半には目が覚めてしまい、とりあえず平服のまま借りっぱなしの会場へ。
ろうそくに火を灯し、線香をあげてしばらく1人で考え事を。
8時半過ぎに姉到着、とりあえず私から着替えるので自宅へ。
とりあえず姉には待機してもらい、ついでなので昨晩書いた原稿を渡しておく。
んで着替えて戻ったのだが、ほとんど手が入っていなかった。
数点言葉遣いという面で赤ペンが入っていたが、それは私も迷っていた部分ばかりで。
というわけで、入れ替わりに私が待機しつつ原稿をざっと眺めて頭に入れる。
人に書いてもらうと無理だが、自分で書いたものはそれなりになんとかなるのだ。
10時過ぎに副住職(今日は1人だ)が見えたので、また挨拶に。
ざっくばらんに色々話される方なので、まぁ色々と気が楽である。
そして11時、告別式が始まる。
話し合いの結果、今日は私も普通に席に着くこととしたのでそんな感じで。
始まってしまえばあっという間であり、程無く最後の別れの時間に。
一通りの儀式が済んだところで、簡単ではあるが一生懸命考えた挨拶を。
そして出棺、今回は私は担ぎ手には回れないのでこれは見るしかないわけで。
昨日と打って変わっての好天の中(寒いのは変わらずだが)、霊柩車に乗ることに。
副住職まで入れて3台の車列で、桐ケ谷斎場まで進行。
随分混雑する道を通るのだな、などと思っていたら斎場手前で見事な桜並木。
母は本当に花が好きだったので、同乗していた姉と良かったと話す。
斎場は猛烈に混んでおり、うちと同じような形で日程を決めた方が多いのかなと思ったり。
いよいよ炉に入るというところ、ここもなんとか泣かずに堪える。
焼いている間は控室で過ごすこととなり、少しばかりだがビールなども注いでみたり。
色々な意味で私は心配され通しであり、なんとなく申し訳ない気がする。
そしてお呼びがかかり、母の遺骨と対面することに。
先程までの姿と全然違うわけで、なんとも現実味がないというかなんというか。
お骨を収めて葬儀自体は終了、そのままの足でごく近所に移動して会食を。
まぁこちらは基本的に段取りに乗って動けばいいので、余り困らない。
帰りの足などの打ち合わせが少しあったが、事前に話を回してあったのでそう問題にはならず。
1時間ほど母の話なども交えながらやって、またしてもノープランでお礼のあいさつにて締め。
姉・姪2人・義兄の父母と私が、料理店の車に。
あとはタクシー3台に分乗して、田町に戻ることに。
帰りの飛行機は最終便と聞いていたが、気を使ったのかとりあえず線香だけあげさせてくれと。
というわけでバタバタと人が入って出て、気付けばあっという間に終了。
本当はここで全て投げ出してしまいたいのだが、そうは行かないわけで。
お金とか色々なことがあり、ここでしっかりやっておかないと収拾がつかなくなるのだ。
義兄・姉・私と3人がかりだったので、そう大変でもなかったが神経は使う。
なんやかやで結局20時頃までかかったのか、子供たちも疲れているはずなのでとっとと帰した。
私も疲れたので、適当に食事を取って入浴は明日に回して休むことに。
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