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慌ただしい日

とりあえず7時過ぎに起床、ゆっくり朝食を取りたいところだがゴミ出しを優先。
いや、介護に追われている状況で冷蔵庫の中がえらいことになっていたのだ。
怪しい状態になっている食材は、もったいないと思いつつも処分。
というか、どう見ても食べられないものが過半数だったのには目をつぶっておこう。
おかげさまで冷蔵庫の中はすっきり、適当に朝食を。
まだ体調はいまいちなので、昼食までは休憩。
部屋を片付けるなどやることは山積みなのだが、これまで疾走してきたので少しはいいだろう。
余り動いていないので、軽く昼食を取って家を出る。
平日の面会時間は一応14時からなのだが、家族ということもあって余り気にしていなかったり。
部屋に着くと封筒が着いており、先日区役所で申請したものであった。
開けて看護師に聞くが、やはりこの辺は受付に行かないとダメらしい。
入退院受付に行くとすぐに処理してくれて、ついでということで差額ベッドの承諾書に署名。
#標準は6人部屋なので4人部屋は差額である
戻ると今度は歯磨きがあるか聞かれ、ないと言うとマウスウォッシュ的なものが良いということなので売店に走る。
買って戻るとすぐに使ってくれて、母も少しはすっきりしただろうか。
その他おむつのことなど相談、これは明日持ってくるということで手を打った。
ようやく一息ついてコーヒーを空けようと思ったら、来客。
従姉(母の姉の長女)であり、私は何年ぶりに会ったのか正直思い出せない。
#母には会っていたはず
色々話をしつつ、伯母に伝えてもらうべく状況を細かく説明。
またしても昔話などしつつ、あれやこれや。
先日からずっとそうなのだが、私を労う言葉が続いてこそばゆい。
自分では正直胸を張って言えるようなことは全くできていないと思っており、なんとも。
しばらく話して送り出し、冷めてしまった缶コーヒーで一服。
そんなことをしていたら、今度は一昨日も見えた叔父の奥さんが。
叔父は会議で今日は来られないということで顔を出してくれたようだが、奥さんも忙しいはずで。
こちらでもあれやこれや、小一時間話して私自身の体に気を付けるよう言って帰って行かれた。
伯父(亡き父の兄)が来るということは聞いていたのだが、この時点ではまだ。
結局17時近くにやってきたのだが、なんとも身も蓋もないことを言ってくれて心の中でぽかーんとしてしまった。
まぁ父も母も姉も、義兄すらも変わった人だと認識しているくらいの人なので仕方ないか。
しかもあっという間に帰ってしまい、何をしに来たのやら。
長居されても正直話したい人ではなかったので、まぁ良いことにしておこう。
夕方までの看護師さんは色々注文も多かったが、的確に動いて連絡もキッチリしていたので好印象。
入れ替わって引き継ぎなどもして、19時前に切り上げて病院を出る。
いつも通りに徒歩で帰路へ、途中スーパーで食材を仕入れる。
その足でいつものローソンにも寄って、Amazonの荷物を回収。
本日のブツは、一品目が機動戦士ガンダムUC オリジナル・サウンドトラック(AA)。
これは入荷遅れということで、本日の到着となった。
あとは、機動戦士ガンダムUC(ユニコーン) 1 [Blu-ray](AA)だ。
ということで、どの道本編を見るまではサントラを聴く気はなかったので問題ない。
帰宅後はちょっとやることが多かったので、結局夕食にありつけたのは22時半。
いや、まぁカレーの仕込みに時間がかかったのは確かだが。
そんなこんなをしているうちに日曜にややこしい話が入り、対応することに。
その話自体は良いのだが、どうしてそれを上から目線で言われるのかが理解できず。
#言ってきたのは例の伯父
色々余計なことを考えると精神衛生に良くないので、適当なところで寝ておこう。

2010年3月12日 44x1 | | コメント(0)

激・不調

結局眠ったのは昨日に続き明け方、10時に目を覚ますものの起きるに至らず。
お腹は空いたが食べるのすら面倒で、そのまま二度寝。
次に目が覚めたのが13時近く、以下同文。
結局まともに動けたのが15時近く、食事を取ってシャワーを浴びて家を出たのが16時過ぎ。
歩いている途中で姉からメール、病院にいるがもう帰らなくてはならないとのこと。
洗濯物の処理について聞かれたので、私がやると返答。
ついでなので母の状態確認、少し発熱しているなどの連絡が。
私が病院に到着した時には姉は既に帰っており、私は母と二人きり。
しばらく話しかけたりあれやこれやしていたが、聞いていた通りに今日は反応が薄い。
指は結構な力で握ってくるものの、これは反射のような気がするので余り参考にならないか。
後回しにすると確実に忘れるので、すぐに洗濯物だけ回収。
しばらくコーヒーを飲みつつ過ごし、特に見舞客も来ないまま19時半頃に撤収。
ちょっと怪しい寄り道をしつつ、帰宅したのは昨日と同じくらいの時間。
体はしんどいのだが、とりあえず明日病院に行く時には着替えを持っていきたいので洗濯だけは頑張る。
終わって干して、力尽きて横になって一日が終了。

2010年3月11日 44x1 | | コメント(0)

一段落

やはり結局上手く寝付けず5時近くに寝て、9時過ぎに目を覚ます。
とりあえず朝食を済ませ、しばしまったりと。
気を抜いたら寝ていたようで、1時間強ワープしていた。
昼頃に適当にタイミングを合わせて身支度、家を出る。
なんとなく気が向いたのでマクドナルドで昼食、んで病院へ徒歩。
以前に書いた気がするが、地下鉄への出入りと電車の待ち時間を考えると所要時間に大差がないのだ。
#ちょうど1年前も入院していたのでその時かな?
音楽を聴きながら歩けば気分転換にもなるし、天候さえ大丈夫ならそうしておきたい。
13時半に姉と待ち合わせていたのだが、15分以上前に到着してしまった。
なのでコーヒーを買って時間潰ししていたのだが、時間になっても現れない。
と思ったら、柱を挟んで2人で気付かずにいたようで。
と言っても姉は5分前位に来たようで、私がコーヒーを買いに行った時に来たのかなと。
そんなこんなで病棟へ、一応行き先のフロアは聞いていたのでそちらへ直行。
ナースステーションで部屋を聞こうと思ったが引き継ぎ中、4人部屋というのは聞いていたのでそちらへ直行。
父の時から同じ病院だし母だけでも3回目(だったはず)の入院、病院内の様子も熟知しているのがなんとも。
程無く母の部屋発見、様子を見るが相変わらずの状態のようで。
声をかけると少しは反応するし、手足(右だけだが)も結構動いている。
余り時間も経たぬうちに看護師が来て、色々と確認など。
声をかけたり手を握ったりあれこれしてみるものの、ほとんど反応がないのが切ない。
お茶を飲んだりしつつしばらく過ごし、一応ということで叔父の来院予定を確認してみる。
前日に連絡した際に、今日見舞うという話は聞いていたのだ。
メールを投げたのだがすぐに返信、なんと叔父は既に1階に着いているとのこと。
奥さんを待っている状態だったらしく、16時半過ぎに2人が到着。
2人とも顔を見たり声を掛けたり、んで電話では話していたがその後の状況なども伝えたり。
日も暮れかけた頃に、ちょっとロビーに移動してお茶をしながら話す。
近場に住んでいることもあり一番付き合いの深い親戚であり、まぁ話も深くなるわけで。
楽しい思い出やら辛い話やら色々していたら、あっという間に19時近くなってしまった。
姉は家のことがあるわけで、促していたら叔父たちも帰るということに。
一気に全員いなくなるのも母に悪い感じがしたが、私も結構調子が悪いので退散。
ちょっとした用事を済ませたりしていたら、結局帰宅後に夕食を済ませたのが23時過ぎ。
どうしたものかとやっていたが、なんとなく寝入れずに時間が過ぎていった。

2010年3月10日 44x1 | | コメント(0)

無力・脱力

何だかわからないが、7時半のアラームが鳴る前に目が覚めて粛々とゴミ出しを済ませる。
面倒だし母に気を使うこともないので、パンとスープで適当な朝食。
動かなければと思いつつも、やはり気持ちの問題か二度寝してしまった模様。
家の電話のコール音で目覚め、1コールで切れたのであれ?と思って携帯を確認すると姉からだった模様。
もうすぐ到着するということで、私も自分の身支度をサクッと整えた。
大体荷造りは終了していたのだが、姉のチェックで少し足したり引いたり。
姉が午後余り長くは居られないので、急いで行動開始。
まずは区役所へ行き、国民健康保険の限度額適用認定証を申請。
朝のうちに(二度寝前に)電話で確認していたおかげで、迅速に手続き完了。
物事は仕込みが大切だということを、今更ながらに実感。
なんともありがたいことに病院までは徒歩圏内なので、すぐに移動して到着。
救急部の病室なので一手間かかるのだが、幸か不幸か色々慣れているのですぐに入室。
母と対面、状態は昨日と変わっていないようだった。
看護師さんにいくつか確認、大体想像通りの内容である。
12時半に医師から説明があるということで、そちらに移動することに。
待ち時間に姉と色々話すが、まぁ景気の良い話にはなるわけもなく。
大体時間通りに呼ばれて診察室へ、担当は巡り巡って乳癌が見付かった時の主治医だった。
既に大筋の説明が済んでいることは知っているようで、核心から話を始める。
簡単に言ってしまえば、あとは静かに見送るだけということだ。
少しずつ心の準備はしていたつもりだし、昨日の話でわかってはいたがこうはっきり告げられると流石にめげる。
数日中に云々ということはないはずだということだが、どれだけという話もできないと。
以降延命処置についてなど話して、昨日の流れ通りそのまま送るということになった。
経緯など色々話したのだが、この状態でどうやって自宅で生活していたのかと驚かれた。
良く頑張ったと声をかけられたわけだが、私自身は自分の無力さに絶望していた。
一つだけ良いことといえば、母が苦痛などを感じていないであろうこと。
そして、恐らくはそのまま逝ってくれるであろうこと。
その他いくつか言葉を交わして、説明終了と相成った。
病室に戻ったが、病棟に移るのはまだまだ後ということだった。
このまま居ても、母と話せるわけでもない。
また救急部の病室ということで、なんとなく居ることで迷惑をかけそうな気がしたのは姉も同じだったようだ。
結局、13時過ぎには撤収することとした。
昨日通所先から搬送されたということで、車椅子と着替え等一式を預かってもらっていた。
近所なので、そのまま歩いて施設まで。
心配されていたわけだが、全てを告げる気にもなれず礼を述べて荷物を回収して退出。
どうしようかと思ったが、結局地下鉄で三田まで戻ることにした。
主のいない車椅子を押している状況が、なんともいたたまれない。
車椅子と荷物を置いて、ちょっと遅めの昼食を姉と。
当然色々と話すわけだが、もう前提は決まってしまったので先を見てのことを。
私自身のことも心配されたりしていて、その辺も少し。
食べ終わって姉を田町まで送り、私は帰宅。
ぷっつりと緊張感が切れてしまって、何をする気にもなれず。
音楽だけは掛けてみたものの、耳に入らない。
出来たはずのことをしなかったこと、母に対して辛く当ったこともあったことなど後悔が渦巻く。
柄にもなく涙が止まらなくなり、しばらくで泣き疲れて眠ってしまったようだ。
電話のコール音で目が覚めて、出てみると伯母からであった。
既に叔父から情報が行っていたようで、様子を聞かれたのできちっと伝わるよう気を付けて話した。
その後件の叔父にも連絡、話はできないということをわかった上で明日顔を見に行ってくれるとのこと。
両方で私の心配もされていたのだが、なんだか申し訳ない気持ちにしかならず。
何をする気にもならないわけだが、一応お腹は空くようでパスタを。
食べたあとはまた脱力モード、しばらくは何もできなかった。
明日は昼過ぎに病院に行くつもりなので、ゆっくり寝ておこう。
とはいえ、安眠できるとも思い難いのだが。

2010年3月 9日 44x1 | | コメント(0)

終わりの始まり

数日書いていた通りの状況で母は眠ってばかり、そして私は不眠気味。
とはいえ週に一度のデイケアの日なので、なんとか起きて動き出す。
母は全然しっかりした目覚めでなく、一応食事を食べさせると口にはするものの色々おかしい。
どうしたものかなと思いつつも、入浴はしたいだろうと時間には準備終了して迎えの車に。
姉のスケジュールが合わず仕方ないので、自分の通院も今日にしていた。
そんなわけで恐らく睡眠不足であろう目眩に苦しみながら、田町~渋谷~高津と移動して病院へ。
待つだろうと思っていたが、10分も経たずに呼ばれてびっくり。
ここのところ不眠であること、恐らくは自分のありように疑問を持っている故であろうことなど話す。
割とサクッと診察を終えてしまう先生なのだが、珍しく色々と言葉をかけてくれた。
かなり周囲に心配はされていたのだが、表に出るくらい様子が違っていたのだろう。
とりあえず薬はいじらず、心持ちをしっかりということで終了。
会計も割とあっさり、薬局も特に待ったりすることなく終了。
バタバタしており私自身は朝食も取っていなかったので、11時半前と少し早い時間だが昼食を。
サクッと済ませたあと溝ノ口~川崎と移動、ちょっとした用事を済ませてすぐ駅に戻る。
川崎~新橋と移動、母のショートステイに必要な書類を受け取るためまた病院。
こちらの用も済ませ、ネットショップで買おうとした物が瞬殺で困ったため秋葉原へ。
タムタムに行ってみると、どうやら件のブツは予約受付中。
さっさと予約票の記入を済ませ、とりあえず用事は終了。
調子が悪いのでスルーしようとも思ったが、次にいつ来られるかわからないのでJAMへ。
ハイネケン?などと聞かれつつ、カプチーノを頼む。
手の込んだことをしてくれてありがたいなと思いつつ、一口口を付けたところで携帯に着信。
ケアマネさんからで、母の通所先から緊急連絡があるとのこと。
こちらから掛けてみると、バイタルチェックで血圧が高く意識レベルも低いとのこと。
常駐の医師と看護師がついてくれているが、病院に搬送の必要がありそうだという。
通所先は先の病院の近くなので、とりあえず新橋に戻ることとする。
貧乏性なので一応カップを空けて(残すと失礼だし)、急いで会計を済ませて離脱。
駅に向かいながら姉に連絡、その他色々と処理しながら動く。
程無く新橋に到着、携帯で状況確認をしながら施設へ向かった。
既に救急車が到着して救急隊に引き継ぎ中、搬送先について聞かれたので依頼を。
条件付きではあるが受け入れOKということで、内容承諾して搬送。
近所なので5分かそこらで到着、すぐに処置室へ。
それからしばらくは待機モード、各所に連絡をしつつ待つ。
結局到着から3時間近くでようやく検査結果が出たとのことで、処置室へ呼ばれる。
画像も見せてもらったのだが、かなり酷い脳梗塞だった。
部位としては脳腫瘍の周囲であり、偶発的である可能性もあるが脳腫瘍がトリガーになっている可能性もあると。
まぁ後者が確率論としてはわかりやすい話であり、恐らくそうなのだろう。
ここ数日という新しいものではないということで、心当たりを思い起こす。
2~3週間前位から反応が色々おかしかったのは、姉と共通の意見だった。
そしてここ2~3日は甚だしくおかしかったわけで、脳梗塞であれば色々腑に落ちる。
どうして早くSOSを出さなかったのかと自責の念にとらわれつつ、続けて説明を聞く。
しばらく後に実際の担当医師が来るということで、またしばらく待機。
最新情報を発信しつつ、暫し座っておく。
基本的に母の状態の全てを把握しているのは私だけであり、デイケアで出ている時だけ例外か。
そんなわけで、悶々としてしまう。
予告通りの時間に呼ばれ、乳腺・内分泌外科の医師に面通しを。
丁寧に説明をされたわけだが、それが事の重大さを余計に浮き彫りにするわけで。
端的に言ってしまえば、もういつ心肺停止に陥ってもおかしくないと。
色々と説明を受けた上で、延命処置について問われた。
姉に確認の必要があると前置きした上で、私は何もしないのが母の為だと思うと伝えた。
以降明日からの動きなど確認しつつ、説明終了。
入院手続きをしたが、既にカウンターは閉まっており仮の手続きだけ。
しばらく待った後、救急部の病室に移動。
ここは仮の居場所であり、明日以降病棟に移るということだ。
見掛け上母は寝続けている状態、呼びかけても全く反応なし。
このまま居ても出来ることもないし、体調不良に加え心身ともに負荷のかかる状況で動き続けて疲労困憊だった。
というわけで、看護師さんに後を任せて帰宅の途へ。
道中は正直頭が真っ白、正確には明日持っていくべきものについては考えていたかな。
帰宅して姉に電話、ちょっと取り込み中とのことで掛け直してもらうことに。
夕食がまだだったので、残りもので適当に。
母も一緒に食べるはずの物だったので、非常に多い量だったのが悲しい。
食べ終わって電話待ちの間に、空気を読まない宅配便が到着。
先日オーダーしていた、F1のテクノロジー(AA)である。
事が早く進むのは良いのだが、こういう時は余り喜べない。
程無く姉から連絡、非常に重要なことなので丁寧に聞いたことを再現しつつ話した。
感じた限りでは医師の意図に近い表現をしたつもりであり、一応伝わったと思う。
色々話したが、まぁここですっきりすることはできないわけで。
そもそも詳細の話は明日聞かないとわからないので、その辺の調整を。
姉も動けるということで、入院中使うもののクロスチェックの意味で一度家に来てもらうこととした。
その後叔父に電話、母のすぐ下の弟ということもありずっと心配してくれていたので。
包み隠さずにわかっていることを全部話す、こんな時でも私のことを気遣ってくれるのがなんとも。
明日持っていくものでパジャマが足りない(上下揃っていない)ことがわかっていたので、洗濯をして干した。
ここで完全に気力が尽きて、いけないとは思いつつも少しアルコール注入。
飲み終わって毛布をかぶったのは覚えていたが、すぐに寝たようで次に気付いたのが28時。
ゴミ出しをせねばという場違いな思いで目覚ましをかけつつ、自分の薬を飲んで寝直した。

2010年3月 8日 44x1 | | コメント(0)

差し引きゼロもしくは結局マイナス

母は例によって20時頃から熟睡だったのだが、肝心の私が寝付けないという久々の事態。
今置かれている状況について少し考えてしまったら、迷宮入りしてしまい。
ようやく寝付けそうになった5時過ぎに母がごそごそしだし、しばらく後にまたしても緊急事態に。
連日のトラブルに私もパニック気味、姉に電話したりあれやこれや。
母は朝食中に寝そうになったり、おとなしくなってくれたのはある意味ありがたいのだが弊害も大きい。
書いた通りの食事の大変さが一点、あとは移動(トイレとか)に使うパワーとか睡眠のコントロールとか。
食後座椅子に座った母は寝ていたのだが、私は休むどころではなく慌ただしく家のことを。
先週といい今週といい、この手のトラブルの時に悪天候というのは非常にきつい。
一段落した時にはすでに昼、昼食も適当にやりたいが結局大仕事に。
午後も母は寝てしまい、夜に備えるためもあり水分補給などもあり頻繁に起こすがなかなか。
夕方にようやく少しだけ自分の時間ができ、Amazonのカスタマーサービスへの問い合わせなど。
夕食の支度を始めて、手を放せるような料理だったのでDAPのデータ整理など。
いくらなんでもそれはないと自分でも思うようなタグ間違いを見付け、修正して再転送とか。
新しくエンコードした曲も転送して、プレイリストも更新して明日の外出準備はOK。
正直デイケアに行ってくれている時くらいは休みたいのだが、姉のスケジュールの関係で動かなくてはいけないのだ。
なんとなく自分の状態が悪くなってきていることを感じているので、とっとと休むとしよう。

2010年3月 7日 44x1 | | コメント(0)

境界線上をつま先立ちで歩く

ここ最近の例にもれず20時頃就寝した母だが1時頃目を覚まし、ごそごそと。
寝直すように誘導するもままならず、結局4時近くまでやって少し問題が出たりしつつようやくおやすみ。
ゴミ出しがあるので私は8時前には起きたのだが、母は爆睡中。
私も流石に眠いので、とりあえず朝食は後回しにしてまた寝る。
私は10時過ぎには起きたのだが、母は相変わらず寝ていた。
少し用事を済ませたあとぼんやりしていたら、寝落ちしたようで異変で目覚める。
まぁこの辺は余り書かずにおくが、色々とややこしい状態に。
とりあえずの処理を済ませ、もう既に昼食と化した食事を済ませる。
母は色々な片付け後に座椅子に座り、と思ったらすぐに寝入ってしまい。
私は問題が山積みなのでとりあえず姉に電話、わからないことをちょっと尋ねる。
終話後は戦争のような状態、とにかくしなくてはならないことが多過ぎ。
15時頃に一通り片付き、自分のことを少しだけした後また戦争状態に。
メールがいくつか着信していたがそれどころではなく、ちょっと後回しに。
んで17時過ぎだかにようやく落ち着いて、姉に電話してみるも不在。
夕食の支度をしつついつもの某氏からのメールに返信、その後も色々苦戦。
いざ夕食と思ったら問題発生、処理して結局は母はすぐに就寝。
出来過ぎたタイミングだったが、まぁありがたいのでいつもの某氏とコンタクト。
田町駅前で落ち合うこととして、出掛ける。
久々に会ったわけだが余り時間の余裕もなく、とりあえずいつもの書店に付き合ってもらう。
私の探し物は無かったのだが、某氏は買い物を見付けて査収していた。
んでとなりのベローチェへ移動、少しだけお茶の時間。
前々から積み残していた懸案事項を片付けるのもあり、物の受け渡しや雑談もあり。
以前から話していた受け渡しはもちろんなのだが、色々と差し入れも貰ってしまい感謝。
色々話したいところだが長居はできず、サクッと終了。
某氏の探し物の絡みで少し近所を回り、結局空振りだったが私の買い物を済ませて終了。
再会を約束しつつ、我が家の入り口にてお別れ。
ポストにはお届けもの、オークションにてシャレで入札したら落としてしまったブツが。
涼宮ハルヒの弦奏(AA)で、興味はあったのだが踏み切れていなかったのだ。
実はCD音源の方は触れる機会があったのだが、恐らくDVDの方が色々見所があると思ったのだ。
というわけで回収して帰宅、母は熟睡しており安心。
姉に電話して暫し会談、色々と問題が山積みであり話すことも多いのだ。
とりあえず週明けの話自体は決まったのだが、話が終わってから良く良く考えたら月曜は相当タイトなスケジュールだ。
まぁ今四の五の考えても仕方ないので、適当に気分転換をして寝るとしよう。

2010年3月 6日 44x1 | | コメント(0)

微妙な日

4時過ぎから母が動きだし寝かせようとしたが上手くいかず、結局7時頃に起動。
とりあえずゴミ出しだけ先に済ませ、朝食を。
昨日あたりから気にはなっていたのだが、母が上手く食べられないのが顕著になってきた。
とりあえず口には入れて咀嚼するのだが、飲み込めておらず溜まってしまう。
お茶で流し込もうとしたりもするが、どうも上手く行かない。
1時間近くは悪戦苦闘していたが、しびれを切らして姉にヘルプコール。
アドバイスを貰い、とりあえずの落ち着きを得る。
なんというか、私自身余裕が全くなくなっており際どいのだ。
結局自分も食べ終わったのが9時半頃と言えば、それなりに大変だったのが伝わるかと。
午前中は特に予定もなく、正直しんどかったので母の様子を見ながら休憩。
少し寝落ちもしていたと思うが、こればかりは仕方ないということで。
昼食は普段通りのパンにしてみたが、これまた上手く食べてもらえず苦戦。
14時に来客の予定があったので結構焦って、バタバタと食べてもらい自分も食べる。
なんとか間に合わせたと思ったが、来る方が若干遅れたようで。
というわけで(?)、本日はデイサービスに伴う担当者会議と契約なのだ。
ケアマネさんはいつも通り、んでデイサービスの方は初めてお会いする方。
とはいえデイケアの方とつながりがあるわけで、最低限の情報がインプットされており助かった。
小一時間やり取りして、契約書等署名捺印を済ませる。
ここのところ書類の話が多くて、どれが何やら正直混乱しつつある。
そんなこんなで大体終了、朗報としては今回デイサービスで世話になる先でショートステイが決まった。
5/4~7の日程と言うことになっており、久々に表で飲めるかなと思ったりも。
デイケアで行っている先でのショートステイも話が回っているので、それまでに追加されるかもしれない。
話が終わったあとは母もぼんやり、私も16時頃から少し寝落ち。
いい加減緊張感の持続も限界だし、身体的な負荷も若干上がっておりその関係だ。
んで適当なところで夕食の支度、姉のアドバイスを踏まえたメニューを。
いざ食べ始めるわけだが、内容が良かったのか調子が良かったのは不明だがそこそこ普通に食べてもらえた。
時間がかかるのはもう仕方ないので、適当な感じで自分も後から食べて終了。
まだ起きていると言った母ではあるが、様子を見ると結局眠いようで。
いつも通りの流れで就寝モードに入ってもらい、薬を飲んだあとおねむ。
いい加減眠りの様子がわかって来ていて、問題ないと判断してサクッとお買い物へ。
いつもの書店へ行き、湾岸ミッドナイト C1ランナー(2)(AA)を購入。
すぐに帰宅、早目の時間で母も落ち着いていたので一杯やりつつコミックを読む。
さて、来週から月・土の昼間が空くようになったし休養の日程も決まった。
なんとか気持ちを切らさず、やっていきたいところだ。

2010年3月 5日 44x1 | | コメント(0)

燃え尽き症候群

確か1時半くらいには眠ったはず、母に起こされたわけでもないが非常に辛い朝が。
5時台と7時台に起きたものの動けず、結局朝食になったのが9時半過ぎ。
ずっと張りつめたテンションでやってきたが、限界はとうに超えているのかもしれない。
食事と言っても母に食べさせるのが先で、自分の方はとりあえずお預け。
母の食事と薬が終わり座椅子に移動させ、ようやく自分の朝食。
食べ終わってからも全然力が出なくて、グダグダで昼まで。
昨晩オーダーしておいたネットスーパーでの買い物が到着したのが昼過ぎ、収納して昼食に。
これまた母に食べさせる方が優先、私は後に後に。
食事が終わって眠くて仕方なかったが、とりあえず来客があるのでしばらく耐える。
14時過ぎに予告通りに人が来て、先日の手摺工事の代金を支払う。
一応ちょうど用意していたので、サクッと終了。
これで緊張の糸が切れてしまったようで、恐らくほとんど間をおかずに落ちたようで。
確か17時台に一度目を覚ましたが、母が転寝モードだったので結局また寝てしまい。
気付いた時にはほとんど19時半といったところ、不甲斐ないとしか言い様がない。
後悔していても何も進まないので、とりあえず夕飯の支度。
結局食べ始めた(母が)のが20時半前、色々と問題をはらみつつ。
というか、ここ最近毎日のように新たな問題が出て来ていてついていけない。
なんとか布団も敷いて薬も飲ませて寝かせて、ようやく自分の夕食を。
気力というか勢いだけで持たせてきた日々だったが、ちょっと厳しくなってきたかな。

2010年3月 4日 44x1 | | コメント(0)

色々想う日

母は寝てくれたが私の寝付きが悪く、6時半にかろうじて起きたものの意識が途切れ途切れ。
姉に念の為頼んでおいたモーニングコールが6時40分に来るが、これも決定打にならず。
とはいえ寝ていたわけでもなく母を懸命に起こそうとしていたのだが、一向に目を覚ましてくれない。
こういうことを恐れて頓服薬も使わなかったのだが、正直想定外である。
刻々と出発の時間は迫ってきて、もうどうしようもない感じに。
朦朧とした状態で母を着替えさせ、仕方ないので朝食はスキップして薬だけ飲ませた。
なんとか車椅子に乗せて表に出たのが、車の迎えギリギリの7時50分ちょい過ぎ。
すぐに福祉キャブに乗車、一路病院へ。
とりあえず再診受付を済ませ、採血のため検査受付へ。
混雑してはいたがまぁ程々のところで順番が回ってきて、滞りなく採血終了。
終わって移動のためエレベータへ向かったところで、姉に行き会った。
以降行動を共にし、まずは腫瘍・血液内科。
しばらく待って看護師の問診を済ませ、いざ呼ばれたのはタイミング悪く母をトイレに連れて行った時。
とりあえず私だけ先行、先日の書類の件もあったので少し先に話を。
やはり検査の追加が必要ということで、早速手配してもらう。
そんなこんなのうちに姉と母が入室、以降いつも通りの感じで。
余っている薬は処方してもらわず、次の受診日程を予約して終了。
このあとがややこしく、検査も色々あるが放射線科にも行かなくてはいけない。
というわけで、色々並行進行で。
これができるのも姉がいてこそのことで、ありがたいのだ。
結局再度の採血(ショートステイ絡み)~放射線科~胸部X線~精神科と、登ったり降りたりでちょっと慌ただしかった。
まぁ診てもらった結果は大体想定内であり、色々ややこしいが今更混乱することもない。
ちなみに母の体の状態からX線撮影時に私が支えたのだが、防護用のベストが迷彩模様だったのが謎だ。
なんだかんだと済ませたのが12時半頃、会計を済ませてから薬局へ。
#母は姉に預けて病院で待機
薬剤師が非常に腹立たしかったわけで、久々に大きい声を出してしまった。
普通に考えてこの流れの話はないわけで、しかも追い討ちのように余計なことを言って癇に障ったわけで。
深追いしても不愉快なだけなので適当に切り上げ、2人のところに戻る。
一応ということで福祉キャブの連絡をしてみると、10分くらいで乗せてくれるとのこと。
ありがたく利用させてもらい、帰宅の途へ。
途中姉を降ろして買い物に行ってもらい、私は母とそのまま帰宅。
とにかく自発的に立って動くという気力がないらしく、仕方ないので全力全開でなんとか家に入れた。
毎回これだと正直体力が持たないわけで、母の散歩を私が渋るのもこの辺が問題だ。
んで少し待って、姉が昼食(と夕食の一部)を仕入れてきてくれた。
サクサク食べて、姉のいるうちにということで少し銀行の用事を済ませてすぐ戻る。
それからは姉と私で分担、姉は掃除で私は洗濯にかかる。
本来全部私がやるべきことなのだが、昨日の体調不良でかなり色々停滞していたのだ。
その辺が大体済んで、姉と少しミーティングを。
16時半には、姉も撤収の運びに。
以降はいつもの感じに戻っていく、やはり私と2人だと色々と遠慮がないらしく結構面倒なことに。
それでも何とか対応して、夕食も済ませて20時半には母就寝。
これ幸いと表に出て、いつものローソンにてAmazonの荷物を回収。
本日の収穫は、サマーウォーズ [Blu-ray](AA)である。
普段は買っても積んでばかりなのだが、今回はずっと待っていたわけで。
いや、他に買っているのも待ち望んでいるのは確かなのだが度合いが違う。
そんなわけで、静かな環境で早速鑑賞。
やはり面白いわけで、これが家で見られてハイクオリティなのだから文句はない。
さて、少し充電もできたし明日以降キリキリやっていこう。

2010年3月 3日 44x1 | | コメント(0)

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